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桧丸尾天然桧林保存活動
渡辺 健二
日本植物分類学会員

 富士山の植生調査を始めたのは、昭和25年(1950)からである。
 ある日営林署の許可を得て、旧水ヶ塚の管理小屋に止めていただき、周辺の調査を行った。浅黄塚の東北麓桧丸尾の天然桧林に足を踏み入れ、荘厳幽玄とも言うべき景観に驚き、且つ感動した。しかしその天然桧にはナンバーが記され、伐採の準備が整っていて、さらに驚くと共に、消滅させるには余りにも惜しく無念であった。
 当時は敗戦後で国家財政窮迫のため、国有林の伐採が始められており、この貴重な天然桧林も対象とされていた。溶岩流上の針葉樹の有占植生は、青木ヶ原原始林やハリモミ純林は何れも保護されているが、東南麓唯一の桧丸尾も絶対に残さなければならないと痛感した。
 一旦伐採されると丸尾(溶岩流)では、人力による再現は不可能である。超貴重な天然植生であり、伐採を中止して保全するよう、山小屋の管理者に訴え、そのための運動を始める旨を伝えた。
 しかし、皇室の御料林を引継いだ営林署の権威は強く、一般の無断入林などは許されず、車の駐車や人の足跡などは追及する程、厳格な規制を行っていた。一筋縄ではいかないと考え、先ずは御殿場市の教育長、勝又秀丸先生や文化財委員会と、現地が裾野市であるので有志の渡邊徳逸先生にも働きかけ、賛同御支持いただいた。これは昭和33年26日付地元の岳麓新聞(御殿場市)のトップ記事として報道された。

 当初は天然記念物として保存を考えていたが、御殿場市の行政区域外で申請は不可能だった。営林署は伐採を急いでいるとの情報もあり、早急な対策が必要であった。
 それには全国の植物学者のご支援を求めるべきと考え、手紙や電話などで御援助をお願いした。手紙は総て手書きで、印刷や謄写版では熱意が伝わらないと思ったからである。ご指導を仰いでいる東京大学名誉教授の本田正次先生・国立科学博物館の奥山春季先生や京都大学の岡本省吾先生を始め全国の植物学会や園芸会の諸先生に応援を求め、その数は凡そ200人近くに達したと思う。
 幸いに反対者は一人もなく、力強いご支援の返信を多数の方々から拝受した。当時はいまだ一般概念や報道でも環境保全の関心は殆ど無く、戦後の復興や開発一辺倒であったが、植物研究者は皆環境の重要性を認識されておられ頼もしかった。

 この桧丸尾保存活動に凝り性の私は、凡そ延べ2ヶ月くらい寝食を忘れるほど熱中し、家業を投げうって取り組み、狂気の沙汰だった。このように全力を尽したのは、以前に愛鷹山の自生林の伐採に当り、その一部の貴重なツツジ類の群生地の保存を訴え、営林署や東京営林局まで折衝したが失敗したからである。これは後に池田勇人氏の耳に入り、貴重種自生地の保全や園芸有用樹の払下げなどが実現し、全国では数百万本もが伐採を免れた。僅かなりとも国の財政に寄与し、環境保全になったもので、私の秘かな誇りであった。
 今回はこのような政治的支援は無いが、学会の理解があったことは心強かった。富士山の植物調査を通じて知合いになった大手新聞記者も、桧丸尾保全を報道してくれた。この活動を讃え伐採を非難する記事もあり、営林署は私に出頭を指示してきた。参上すると予定の会議を中止し、署長以下幹部の方々5名で、3時間余の会談となった。
 国の方針として決定したことに対して、民間人が口を出すべきでは無いと叱責された。しかし天然桧の林は貴重な国の財産であり、国民としてその保存を訴える権利が有ると主張した。
 激論の末私個人の運動としてではなく、全植物学者の賛同支持を得ていると、著名な数人の先生のお名前を発表した。
 彼等はそれを聞いて仰天し、どなたかの恩師が応援をしていることを知り、俄に態度を改めた。それ迄とは逆に、「あのテンピ(天桧−天然の桧の略称)は貴重だ」と説明もした。
枯損した天然林の年齢を調べるのに、切口が丸くては調べられないので、斜めに切って長楕円形とし、さらに鉈で削り、針で数えたと言う。直径20センチの左程太くないもので、350年もの年齢が刻まれていた由。
 あれから50有余年を経た今日では、400年以上であり、私は小さな巨木林と言う。桧丸尾の植生の貴重性は、単に天然桧の自生のみならず、溶岩流上に生育する種々の特色の有る草木も共生している点である。
 周辺は巨木林となっているが、溶岩流で栄養分を欠くため生育が遅く、陽光の通りが良いので、陽地性や半陰地性も生育する。 ツツジ類やマメザクラ・低木類もあり、キソチドリやオオクボシダなどが見られる。また植物以外に数多くの溶岩樹型が存在し、横型や縦型の何れも実見出来る。
 この活動の結果、学術参考保護樹林に指定され、現在は遺伝資源保存林となっている。この桧丸尾の調査は、京都大学教授の岡本省吾先生と営林署により、長方形の区割(コドラード)の立木調査が行なわれ筆者も参加した。
 今後はこの林地の詳細な植生調査が必要で、筆者は数え年なら白寿の老耄で、脚の骨の損傷で車椅子や歩行器使用の生活で、自らの参加は不可能であるが、ホシガラスの会の末端に加えていただいているので、会の皆様の御尽力を期待したい。
 日本における民間の環境保全活動は、鎌倉の大佛次郎氏によるナショナルトラスト運動が始まりと言われているが、この桧丸尾保存はこれより数年早く実現した。胸中に秘めた誇りである。

(渡辺健二氏プロフィール)
1917年3月31日生(2022年没) 植物研究家(日本植物分類学会会員)
富士山ナショナルトラスト創設者(のちに脱退し富士山みどりの会を創設)
富士山のヤマザクラ(マメザクラの仲間)など、新種を多く発見命名 ギボウシの研究、他
著書・研究「富士山の植物たち(1993)」「御殿場市に於ける富士山植物研究史の一端」ほか

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